へーつぁんの自由研究日記

「大人だって知らないことだらけ。興味のあることをきちんと調べたい。」

身柄拘束制度,保釈制度についての現状~分からないことだらけ

最近,インターネットでよく調べ物をする。最近調べようと思ったのは,アメリカにおける保釈制度の在り方だ。英語サイトを読んでいると,どうやら1984年の保釈金制度改革が重要らしい。英語で調査をすると,いくらでも資料が出てくるのに,日本語で調査をしても,全くと言っていいほど,有用な情報が得られない。

 

…調べ方が悪いのだろうか?アメリカでは,1950年代には,貧困を理由に保釈金が支払えず身柄拘束を受けることについて既に問題視されていたが,日本では,そういった議論は,ほとんど聞かない(不勉強のせいかもしれないが。)。

 

今の日本の身柄拘束制度は,本当に合理的なのだろうか。アメリカ法の学者,弁護士らは,このことについて,どのような情報発信をしているのだろうか。どうして,グーグルで検索しても,有用な情報が得られないのだろうか。

 

逮捕・勾留されたら,起訴までの23日間は保釈の機会は法律上認められておらず,警察署内の留置施設に留置され,取調べ受忍義務を課され,弁護人の取調べへの立会権も認められず,取調べの結果は,捜査官が作成する物語調の調書にまとめられ,取調べの録音録画も,原則としては実施されていない。

 

その結果が,どうだろうか。大阪の警察官は,取調べが録音されていないことをいいことに,被疑者を罵倒した。袴田事件,鹿島事件では,取調官が被疑者を脅迫した。「検事失格」では,検察官自らが虚偽の自白を強要したことを認めた。志布志事件では,身柄拘束されるくらいならと,多くの人が虚偽の自白をした。

 

多くの事件で,虚偽の自白の危険性が指摘されたのに,どうして,その自白の温床となる起訴前身柄拘束制度の問題点について,積極的な議論がされないのだろうか。

 

これらは例外的なケースだから,大勢には影響ないと考えているのだろか。だとしたら,あまりに不用意ではないだろうか。法律上,未然に防止できる危険を放置することは,「過失」として,損害賠償責任を負うことになっているのに。

 

国会,裁判所,弁護士会,検察庁は,今後の日本の身柄拘束制度の在り方について,どのような方向性を志向しているのだろうか。そもそも,組織的に考えているのだろうか。制度改革をする上では,比較法が非常に重要となっているが,各国の身柄拘束制度について,どのような調査が現在進んでいるのだろうか。

 

もし,何も議論が進んでいないとすると,それは,「立法不作為」なのではないかとすら感じてしまう。私が弁護士で,虚偽の自白を強要されたことを証明することができる事件を担当したら,国に対して立法不作為責任を問う訴状を作成するかもしれない(もちろん,判例に照らして,そのハードルは極めて高いのは知っているが。)。

 

大人だって分からないことだらけ。自分の頭で考えたい。ただ,資料がない。これでは,手足を縛られているようなものだ。

 

大変だが,まずは英語のサイトをじっくりと読んでいくしかないのだろう。

 

仕事は忙しいけど,いつか,アメリカの身柄拘束制度の現状についての紹介記事を書くことができればと思う。

迷走中

留学生活も残すところ4か月だが,それまでに自分は何を成し遂げたいだろうか。頭のなかがぐちゃぐちゃになってきたので,やりたいことを整理せねば。

 

1 現状のスケジュール

(1) 平日

 昼間は研修とリサーチでほぼ潰れる。夜にプライベートの時間を3時間程度確保できる。

(2)休日

 割と自由が利くが,残り少ないアメリカの時間を,家族と友人との時間に費やしたい。あまりまとまった時間をとることは期待しない。

 

2 目標

(1) 英語力を伸ばす

 帰国後に,TOEIC950点を取得する(仕事が忙しく,仕事に英語も全く不必要なので,直前に過去問を2回分くらい解いただけで950点を取得できることを目指す。)。

 ア リスニング

 海外のドラマ及びTEDを,初見でだいたい理解できるようになる。目安は,初見でシャドーイングできる程度。 

 イ スピーキング

 自分の思い描いた内容が,簡単な英語を使い,すらすら出てくる。複雑な構文,言い回しを用いた会話までは期待しない。

 ウ リーディング

 英語の小説(ティーン向け)をスラスラと読める。

 エ ライティング

 現状特に必要性がない。

 

(2) 体重を減らす

 体重を4kg減らす。

 

(3) 留学で学んだことを体系化してまとめる

 

3 計画

(1) 英語

 ア 単語のインプットの継続

 1日30分(mikan使用で200単語程度)→ 通勤(行き)

  ※ iknowをどうするか?

  ※ ankiにため込んだ分からない単語集をどうするか?

 イ 瞬間英作文(会話できる英文法)の継続 → 通勤(帰り)

 1日30分(1日30unit,3日で1周)

  ※ そろそろ別の本を使用することを検討

 ウ DMM英会話の継続

 1日30分

 エ 海外ドラマの視聴の継続

 1日50分(字幕なし集中→字幕あり+シャドーイング)

 オ TEDの視聴

 1日30分(スクリプトチェック→字幕なし視聴)

 

いままでやってきたこととあまり変わらない…本当に実力は伸びるのだろうか。今まで劇的にとは言わずとも,着実に実力は伸びてきているから,辛抱するしかないだろうか。

英検1級英単語大特訓がアメリカでも手に入るみたいだが…また家族に無駄遣いと言われそうだ。

 

(2) ダイエット

 1日1時間弱のランニングを継続する。最近寒いのが困る。

 

(3) 制度のまとめ

 タスクの性質上まとまった時間が必要。平日はほとんど英語で潰れるようなので時間がある休日にやらざるを得ない。詳細はブログには書かない。

 

4 雑感

 相変わらず英語漬けの印象。制度のまとめが仕事との関連性が高いのだが,これは提出が求められているわけではなく,趣味でやっているものである一方,英語は継続する必要があるし,目下の必要性も高いから,平日は英語を勉強するという方向で間違っていないだろう。

5年間社会人をしたので,就職活動について振り返ってみた

社会人になり,早くも6年目である。自分の仕事には責任感と充実感を感じている。今の職場に巡り合えてよかったと思っている。

 

今日は,社会人としての経験を踏まえ,ふと,もし自分が今採用担当だったら,絶対に自分は採用しないだろうなと思ったので,その雑感をだらだらと書きたい。

5年前の自分を振り返る

5年前,自分は,自分自身の市場価値はそれなりに高いと思っていた。西日本の最高学府を卒業し,その後,とある方向へ進み,そこでの試験でも上位2%以内にいた。別に使うつもりもなかった英語も,就活のために2か月くらい適当に勉強し,TOEICは860点以上あった(今でこそまったく自慢できる数字ではないと分かってはいるが。)。

ところが,その後,すべての面接で落ちた。ESは全部通る。でも,二次面接にすら呼ばれない。結局,幸運にも,今の職場に拾ってもらうことができた。

今,自分が採用担当だったら採用したい人物像

私が採用担当であれば,「計画力」,「実行力」,「問題点に気づくことのできる視野の広さ」,「問題への対処能力」が「ある/ポテンシャルがある」人を採用する。私は採用担当ではないが,仕事をしていて,そういう人は喉から手が出るほど欲しいと思う。それらの能力が真にすべて備わっている人がもし仮にいたならば,数千万円を積んででも欲しい。

 

上記の能力は,気付いた人もいるかもしれないが,PDCAサイクルを意識している。「計画,実行,チェック,改善」である。企業戦略には様々なものがあるが,基本的にはPDCAは,どの会社にも当てはまる普遍的な考え方だと思うし,社会人としては,常識的な考え方だと思う。

 

ところが,このPDCAを実行するのは,とても大変であり,これを実行することができるのは,実はほんの一握りの人なのである。だから,PDCAを実現できるポテンシャルがあると分かれば,その人物は喉から手が出るほど欲しいのである。

面接官は所詮は担当者

面接官は,所詮面接の「担当者」である。採用するに当たっては,直観ではなく,上司や社長,さらには自分自身を納得させる必要がある。上司等を納得させる方法は,報告である。報告をするためには,客観的な情報が必要である。

だから,面接では,面接官に,「他人を説得することができるような客観的な情報を与えてやる」のである。面接官に「気に入られように」するのではない。こちらが主導して,「情報を与えてやる」のである。そうすれば,面接官は,楽々報告書を作ることができる。どうやって上司を説得しようかと面接官に考えさせるようでは良くない。

どんな情報を与えてやるか

では,どういった情報があれば,他人を説得することができるのか。他人を説得するために作成される情報のまとまりとして,典型的なものは論文である。論文の中身は,「事実」と「主張」である。「結論となる主張」を述べ,その根拠となる「事実」を記載するのである。

これを,面接にあてはめると,面接官に次のような文章を作らせてあげられるような情報を与えてやるのである。

「この人物は採用すべきである」

「なぜならば,〇〇という事実があるからである。」

「この事実からすれば,この人物は,△△と評価することができる。」

「ところで,わが社の採用目的は△△と評価できる人物を採用することである。」

「したがって,この人物は,わが社の採用目的に沿っている。」

「だから,この人物は採用すべきである。」

「△△」

上記のような報告書を面接官がすらすらと書けるような面接ができれば,面接は大成功といってよいだろう。さて,上記のような報告書を書くに当たって,「△△」という部分を知らなければ,どんな事実を提示するか知ることはできない。「△△」というのは,その企業が欲しいと思っている人物像である。そこで,その企業が欲しいと思っている「△△」という部分が何かを知るために,企業研究は必要である。

ただ,既に述べた通り,PDCAを実践できる人は,どの会社ものどから手が出るほど欲しい。だから,基本的には,「△△」の部分には,PDCAを実践できること+α(その企業に即した調整要素)が入ると考えてよい。

「〇〇」

では,「△△」を導くためには,どんな「〇〇」を提示すべきか。言うまでもなく,自分のPDCA体験である。いかに自分が考えて実践をして結果を挙げたかを提示するのである。 以下では,卑近な例を挙げてみる。

例ー学生時代に70kgから60kgに体重を減らした。

・計画段階

 問題意識は何か(体重増加による健康リスク,自信喪失など。)

 なぜ10kg減という目標を立てたのか

 どのような計画を立てたのか(1日何時間としたか,なぜその時間を選択したのか。どのような運動をしたのか,なぜその運動を選んだのか。食事の計画は何かしたか,計画を立てる際に何を考慮したか。)

 各段階においてどのような情報を集めたのか

 なぜその情報源を使用したのか(信用性の吟味等)

・実行段階

 実際に立てた計画にどれほど忠実だったか(何パーセント達成できたのか)

 計画を実行するモチベーションを維持するために何をやったか

・チェック

 実行段階において,どのような問題点を発見したか(週末は旅行などで時間が取れない。ランニングで,ひざに痛みを感じる。食事制限でどうしても我慢できないことがある)

・改善

 発見した問題をどう乗り切ったか(週末は素直に運動をしない,その代わりに平日の運動を10%増やす。ランニングの代わりに膝に負担が少ないバイクにする。満足感を得られる食事メニューを工夫する。)

・計画の見直し,実践,チェック・・・

 

どうだろうか?体重を10kg減らしたというなんでもないこと(されど大変なこと)であっても,その人が何を考えたか,どのようにして計画を立て,それを実行し,結果へと結び付けたかがかなり具体的に浮き彫りになる。この話を聞いた人は,「この人は,困難な問題に対しても,自分で物事を考え,それを実現する粘り強さ,されど,自分の考えに固執しない柔軟さを持っている可能性を持っている」と感じるだろう。話の内容もかなり具体的であり,報告書に書けることもたくさんある。

 

上記は,飽くまで例なので,本来の面接であれば,より適切なテーマを設定するのが良いだろう。特に,企業活動はチームワークなので,個人の力だけで達成できるものではなく,チームで何かを成し遂げたことを具体的に話すことができるのが望ましい。

 

こうした成功体験は,インターネットのブログでいくらでも転がっている。彼らは,自分らが成功した軌跡を読者の興味をひくように書いている。そうしたブログを読めば,彼らが何を考え,どういう計画を立て,どう実践したかということを追体験することができるだろう。何を隠そう,このブログの記事も,そうした記事を読んで,気付いたことがあったのでまとめているのだが。 

再度5年前の自分を振り返る

もはや恥ずかしいのであまり思い出したくないが,5年前の自分は,自分の市場価値の高さの客観的なデータを示し,あとは人間性に問題がないことをそつなくアピールすれば,あとは向こうが考えて採用してくれるだろうと考えていた。学歴,試験の成績,その他のデータを示し,面接では,無難な回答を並べ,「自分はこういう分野に興味があります,なぜならば~~ということを体験したからです」くらいしか言っていなかったのである。自分が面接担当だったら,絶対に採用しない。採用する価値を見出せない。

面接は,自分という商品をアピールする場である

社会人になると,日々,改善点の発見,改善計画の立案,改善計画の実行の繰り返しである。どんなに小さい仕事でも,この作業の集合体である。幸い,面接の練習する受けるチャンスは何回もある。自分という商品をどうやったらアピールできるか,よく考えて実践してほしい。

 

自分に自信がない人,アピールポイントがないと思っている人もいるかもしれない(過去の自分もそう思っていた。)。ただ,考えてみてほしい。営業マンになったら,自分はいらないだろうなぁと思うものであっても,売らなければ話にならないのである。自分にはアピールポイントがないから,,,とふてくされているのは,社会人としては全く同情できない。だから,自分という商品を販売するという目標に向け,その実現計画を立て,実行のために準備をし,面接の練習の中で問題点を発見し,改善することが重要である。大事なのは,落ちて凹むのではなく,なぜ落ちたのかという問題点を分析して,改善計画を立て,それを実行することである。内定は,運とか相性ではない。プレゼンテーションの出来栄えの結果である。今まで内定が取れなかった人が,最終段階になっていくつも内定を得たという話は良く聞くことだが,当たり前である。プレゼンの出来栄えが上手くなってきているのだから。

 

当時の自分も,もう少しいろいろと考えていたら,今の人生も少し違った方向になったかもしれない。まぁ,それでも,今の人生は充実しているが。

「子供の貧困」問題に対する意見

年末にかけて,「子供の貧困」という問題をよく目にします。そこで,ごく簡単に自分の意見をごく簡単に述べたいと思います。

 

第1 要約

 1 「子供の貧困」は重大な問題である

 2 貧困レベルの子供の多くは,ひとり親である

 3 ひとり親が貧困レベルである要因の一つに,養育費の不払がある

 4 養育費の不払は,日本の養育費の徴収制度にも原因がある

 5 アメリカの制度では,養育費の支払は行政による手厚いサポートと,司法による強制がある(払わなかったら逮捕されたり,パスポートや運転免許を取り上げられる。)

 6 「子供の貧困」の解決は,第一義的には,子供の両親による援助,すなわち養育費の支払によって解決されるべきである。それが機能しない場合に初めて,税金による填補をすべきである。

 

第2 各論

1 「子供の貧困」は重大な問題である

もし,貧困のために満足な教育が受けられないとしたら,それは大きな問題といってよいでしょう。教育が個々の子供の成長にあたって重要な要因となるだけではなく,将来の日本の成長という側面にも関係するといえます。

例えば,シンガポールは,国土の非常に小さな国ですが,子供の教育に非常に力を入れています。その成果でしょうが,海外の大学における成績優秀者に占めるシンガポール人の割合は,非常に高いと聞きます。世界がものすごい速さで動く中,優秀な人材は重要であるといってよいでしょう。日本は,過去の栄光にしがみついていることはもはやできません。今後,国全体としての成長に真剣に取り組むべきでしょう。

 

2 貧困レベルの子供の多くは,ひとり親である

ニュースなどで見る貧困レベルの子供の多くは,いわゆるシングルマザーでした。もちろん,両親健在でありながら貧困である子供もいるでしょうが,少数ではないでしょうか。調べていませんが。

 

3 ひとり親が貧困レベルである要因の一つに,養育費の不払がある

ひとり親で,養育費の支払を受けているのは,わずか2割という統計があるようです(真偽のほどは定かではありませんが)。どう考えても,ひとり親が貧困である要因の一つになっているとしか言いようがありません。

 

4 養育費の不払は,日本の養育費の徴収制度にも原因がある

日本において,養育費の支払を任意に受けられなかったら,どうすればよいでしょうか。

裁判所に行って,差押の手続をするのです。差押をするためには,相手の住所,職場,財産などを知らなければなりません。

分かれた配偶者の住所ってどうやって知るんですか?どの銀行支店に預金通帳を持っているか知っていますか?今の相手の職場を知っていますか?こんなの,あきらめる人が多いのに決まっています。やりたくないですし,やろうとしても非常に難しいのが普通です。

 

5 アメリカの制度では,養育費の支払は行政による手厚いサポートと,司法による強制がある(払わなかったら逮捕されたり,パスポートや運転免許を取り上げられる。)

アメリカにおける養育費の支払制度は,手続が簡単である上に,非常に厳しいです。以下の論文を見つけましたので紹介します。

https://ksurep.kyoto-su.ac.jp/dspace/bitstream/10965/930/1/SLR_46_3_450.pdf

大きな違いは,養育費の徴収は,行政が担当しており,親が自ら手続きをする必要がないという点と,養育費の不払いに対する制裁が非常に厳しいという点です。ほかにも,父親が行方をくらましても,どこかの職場に就職すれば,その情報を行政が把握し,賃金の差押をすることができます。養育費を支払わなかったら裁判所に呼び出され,呼出に応じなかったら,逮捕され,具体的な支払計画を裁判官の面前で立てなければなりません。養育費を支払いたくないから認知しないなどという主張は通らず,遺伝子の検査を受けさせられます。

やりすぎだと感じる方もいるでしょう。確かに,アメリカの制度をそのまま日本に導入することはできないかもしれません。しかし,肝心なのは,養育費は「子供の福祉」のためにあるとい点です。子供の養育は,親の完全な自由にゆだねられているわけではないのです(例えば,親は子供に教育を受けさせる義務を,憲法上負っています。)。こどもの養育は,親の「責任」なのです。この観点からすれば,父親が誰なのか言いたくないとか,子供を認知したくないといった主張は,いかにも身勝手なものだといえるのではないでしょうか(もちろん,性犯罪の結果だとかそういった極端な例は除きますが。)。

 

 6 「子供の貧困」の解決は,第一義的には,子供の両親による援助,すなわち養育費の支払によって解決されるべきである。それが機能しない場合に初めて,税金による填補をすべきである。

さて,ニュースを見ていると,「子供の貧困」を解決するために,義務教育の制服や教材も含めて無償にすべきだとか,貧困レベルの子供には大学の学費も減免すべきだとか,補助を手厚くすべきだとか,いろいろな主張があります。これらの財源は,もちろん,国民から公平に集められた税金です。

しかし,先に述べたとおり,子供の養育をする第一次的な責任は,国家ではなく,親が負っているはずです。そのうち,養育費を支払っていない親がどれほどいるでしょうか。この第一義的な責任を果たさせるようにする制度を軽視したまま,国家がいかに貧困レベルの子供を救うかという議論をしたとしても,賛同を得られるとは思えません。

まずは,養育費制度の改革が急務である,そう私は考えます。

もちろん,養育費が得られない場合もあるでしょう。その場合には,税金による補助をすべきだと考えます。八方塞がりな場合には,子供に対する第二次的な責任を負っている国が手を差し伸べて,子供に対する教育責任を果たしていくべきでしょう。

留学によって「視野が広がる」ということ

ある選挙の風景

選挙が始まると,一通の投票権を受け取る。

そして,住所の近くの投票所へ行って,衆議院選挙であれば小選挙区に候補者の名前を鉛筆で書き,比例区に政党の名前を鉛筆で書く。

書いた用紙は投票箱へ入れられ,それを投票所の作業員が手作業で数える。

そしてテレビで選挙速報番組が流れる。

 

これって当たり前?

日本人であれば,当たり前の投票日の風景かもしれない。さて,この当たり前の風景,どこか不合理だと思いませんか?

 

コンピューター技術が発展したこの現代において,未だに候補者の名前を鉛筆で書いて,それを担当者が1枚1枚数える(その合計数は数千万枚!)というなんとも無駄な労力を費やしている,このことが不合理だと思いませんか?

 

皮算用をしてみましょうか。

ある選挙について,3000万票の投票があり,作業員1人が2000枚の投票用紙を数えると仮定すると,投票用紙を数え終えるためにはおよそ1万5000人の人員が必要となります。その人たちが1人当たり5時間分のアルバイト代を受け取るとすると,時給を800円と仮定して,その費用は4000円×1万5000人=6000万円です。

 

衆議院選挙は原則として4年に1度,参議院選挙は原則として3年に一度,そのほか,地方選挙もあるでしょう。一体この国は,選挙のたびにどれだけの費用を費やしているのでしょうか。

 

しかも,手作業での集計をすることとした弊害として,あろうことか作業員が投票用紙を破棄したという事例も過去にありました。そのほか,鉛筆の文字が読めない,誤字があってどの候補者に投票したががはっきりしないという事例も山ほどあるでしょう(表面に出ていないかもしれませんが,確実にあると思います。)。

気が付くということ

今回アメリカの選挙番組を見ていて,ふと気が付きました。アメリカでは,投票所へ行き,自分の名前をサインすれば,投票カードをもらえる。そのカードを持って端末へ行き,投票をする。投票数はコンピューターが自動的に集計する。誤字等で悩むこともない。

 

果たして,どちらが合理的な制度でしょうか。いったん気が付けば,簡単なことです。

 

いったん「気が付くことができれば」,です。

 

一体どれほどの日本人が,自分の頭で考えて,今の日本の選挙制度は無駄な労力を費やしているものだと気が付いているでしょうか。多くの人が気付けば,集計の仕方はすぐに変わるはずです。

 

「気付くことができる」というのは,時にはそれだけで社会の在り方を変え得るほどの力がある,とても貴重な力なのです。

「視野が広がる」

私は,アメリカに来て,こうした小さな発見をいくつもすることができました。あるアメリカの制度を知るたびに,日本の制度が別の角度から見えてきます。アメリカを見ていると,日本は,閉塞し,停滞し,活力が欠けているとい印象を受けます。こうした印象は,日本にいた時よりも,はるかにはっきりしたものになりました。そして,今では,日本は変わっていかなければならないと強く感じています。

 

こうした体験を一言で表せばどういう言葉になるでしょうか。

 

「視野が広がる」,です。

 

そして,「視野が広がる」ということは,社会を変革しうる力を持つということです。

 

多くの人が,留学をするメリットに,「視野が広がる」ということを上げます。留学をしたことがない人,これから留学をする人にとっては,どこか漠然としていて,イメージがつかみにくい言葉です。

 

しかし,留学を終えた人が感じている「視野が広がる」というのは,はるかに具体的かつ個別的で,実感がこもったものであるはずです。

 

実感を持って「視野が広がった」と言える日本人が今後どんどん増えていき,多くの有用な視点を日本にフィードバックしてもらえることを願います。