へーつぁんの自由研究日記

「大人だって知らないことだらけ。興味のあることをきちんと調べたい。」

留学によって「視野が広がる」ということ

ある選挙の風景

選挙が始まると,一通の投票権を受け取る。

そして,住所の近くの投票所へ行って,衆議院選挙であれば小選挙区に候補者の名前を鉛筆で書き,比例区に政党の名前を鉛筆で書く。

書いた用紙は投票箱へ入れられ,それを投票所の作業員が手作業で数える。

そしてテレビで選挙速報番組が流れる。

 

これって当たり前?

日本人であれば,当たり前の投票日の風景かもしれない。さて,この当たり前の風景,どこか不合理だと思いませんか?

 

コンピューター技術が発展したこの現代において,未だに候補者の名前を鉛筆で書いて,それを担当者が1枚1枚数える(その合計数は数千万枚!)というなんとも無駄な労力を費やしている,このことが不合理だと思いませんか?

 

皮算用をしてみましょうか。

ある選挙について,3000万票の投票があり,作業員1人が2000枚の投票用紙を数えると仮定すると,投票用紙を数え終えるためにはおよそ1万5000人の人員が必要となります。その人たちが1人当たり5時間分のアルバイト代を受け取るとすると,時給を800円と仮定して,その費用は4000円×1万5000人=6000万円です。

 

衆議院選挙は原則として4年に1度,参議院選挙は原則として3年に一度,そのほか,地方選挙もあるでしょう。一体この国は,選挙のたびにどれだけの費用を費やしているのでしょうか。

 

しかも,手作業での集計をすることとした弊害として,あろうことか作業員が投票用紙を破棄したという事例も過去にありました。そのほか,鉛筆の文字が読めない,誤字があってどの候補者に投票したががはっきりしないという事例も山ほどあるでしょう(表面に出ていないかもしれませんが,確実にあると思います。)。

気が付くということ

今回アメリカの選挙番組を見ていて,ふと気が付きました。アメリカでは,投票所へ行き,自分の名前をサインすれば,投票カードをもらえる。そのカードを持って端末へ行き,投票をする。投票数はコンピューターが自動的に集計する。誤字等で悩むこともない。

 

果たして,どちらが合理的な制度でしょうか。いったん気が付けば,簡単なことです。

 

いったん「気が付くことができれば」,です。

 

一体どれほどの日本人が,自分の頭で考えて,今の日本の選挙制度は無駄な労力を費やしているものだと気が付いているでしょうか。多くの人が気付けば,集計の仕方はすぐに変わるはずです。

 

「気付くことができる」というのは,時にはそれだけで社会の在り方を変え得るほどの力がある,とても貴重な力なのです。

「視野が広がる」

私は,アメリカに来て,こうした小さな発見をいくつもすることができました。あるアメリカの制度を知るたびに,日本の制度が別の角度から見えてきます。アメリカを見ていると,日本は,閉塞し,停滞し,活力が欠けているとい印象を受けます。こうした印象は,日本にいた時よりも,はるかにはっきりしたものになりました。そして,今では,日本は変わっていかなければならないと強く感じています。

 

こうした体験を一言で表せばどういう言葉になるでしょうか。

 

「視野が広がる」,です。

 

そして,「視野が広がる」ということは,社会を変革しうる力を持つということです。

 

多くの人が,留学をするメリットに,「視野が広がる」ということを上げます。留学をしたことがない人,これから留学をする人にとっては,どこか漠然としていて,イメージがつかみにくい言葉です。

 

しかし,留学を終えた人が感じている「視野が広がる」というのは,はるかに具体的かつ個別的で,実感がこもったものであるはずです。

 

実感を持って「視野が広がった」と言える日本人が今後どんどん増えていき,多くの有用な視点を日本にフィードバックしてもらえることを願います。