へーつぁんの自由研究日記

うだつのあがらない法曹の日常

不意を突いた行為による強制わいせつ罪の成否

Aは,通行中の女性Vに対して,Vの不意を突いて突然キスをして逃走した。

 

こんな場合,頭に浮かぶのは,強制わいせつ罪だろう。ところが,刑法上,強制わいせつ罪の条文は,以下のようになっている。

 

「13歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する」(刑法176条前段)

 

条文にある通り,強制わいせつは,「暴行又は脅迫を用いて」わいせつな行為をすることである。これを読むと,暴行又は脅迫を手段としてわいせつ行為をすることが,構成要件であるように見える。そうすると,突然キスをする行為は,本当に「暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした」という構成要件に該当するのだろうか,という素朴な疑問が出てくる。

 

そう思って調べてみたが,意外と不意にキスをしたことが問題となった判例が見当たらなかった(大コンメンタールに乗っている裁判例は,争点が異なったり,いずれも肩を抱いたりするなど,不意にキスをしたような事案ではなかった)。弁護士ドットコムには関連する質問があったが,金は払いたくない。自分で調べるしかない。

 

そこで検討するに,結局は,暴行行為が同時にわいせつ行為である場合に強制わいせつ罪が成立するかという問題であるので,キスという態様に限らないで調べてみたら,何と大正14年12月1日に出された大審院の判決にまでさかのぼらないとダメだった。最高裁ですらない(ちなみに大コンメンタール刑法第3版第9巻66頁には,大判大14・12・10集4巻743頁とあるが,日付が間違っている。)

 

その判決要旨は,「暴行によるわいせつ罪は暴行自体がわいせつ行為と認めらるる場合においても成立するものとする。」というもの。

 

大審院の認定事実は,被告人が,大正13年6月18日,某歯科医院治療室において某女(当時24歳)に依頼されその虫歯の治療のためプロノコカイン水約半筒を患部に注射し治療室に横にして安静にさせていた際,同女の意思に反して着衣の裾より右手を入れ,その陰部膣内に自己の右人差し指を挿入して暴行を加え,もってわいせつな行為をした,というものであった。

 

当時の弁護人は,私が抱いた上記の疑問と同じように,刑法176条は,暴行又は脅迫を手段としてわいせつ行為をすることを要するのは論を俟たないのに,上記の認定事実では,被告人がわいせつ行為をするに当たって暴行又は脅迫を加え,もって被害者の意思を抑圧してわいせつな行為をしたと認めることはできない,つまり,暴行行為を手段としてわいせつ行為をしたとはいえないから強制わいせつ罪は成立しないと主張した。

 

これに対して大審院は,刑法第176条の暴行とは被害者の身体に対し不法に有形力を加えることをいうと解するべきであり,女性の意思に反し陰部膣内に指を挿入するようなことは,暴行であることはもちろんである。そして,本件のわいせつ行為は,このような暴行行為によって行われたものであるから,暴行行為自体が同時にわいせつ行為と認められる場合であるとは言っても,同条にいう暴行をもってわいせつ行為をしたことに該当することは明らかであり,所論は理由がない,として弁護人の主張を退けた。

 

つまり,大審院は,強制わいせつ罪における暴行を狭く解釈する弁護人の主張を排斥したほか,暴行行為自体が同時にわいせつ行為と認められる場合であっても,強制わいせつ罪が成立するとしたわけである。

 

とはいえ,判例がそう言っているからそうだ,ということはすべきでない。その背景事情について考えてみようと思ったが,とある基本書に当たっても,これが通説で,しかも,不意の強制わいせつの場合には暴行の程度は問題にならないとサラリと書いてあった。

 

結局自分で考えるしかないのか。おそらく,「暴行…を用いて」という文言からは,暴行を手段とすることまで当然読み取ることができない,ということなのだろう。キスをする行為は暴行であり,かつ,わいせつな行為なのだから,素直に,暴行を用いてわいせつな行為をしたといってよいのではないだろうか。

 

さて,それでは,どこから「暴行…を用いて」という文言を,「暴行を手段として」という意味に解釈すべきだという主張がくるのだろうか。おそらく,それは,強姦(177条)や強盗(236条)の解釈に引きずられているということなのだろう。すなわち,これらの犯罪では,暴行又は脅迫が姦淫行為や財物奪取行為それ自体に該当することはありえず,暴行は結果達成のための手段としか用いられようがない。そして,強盗罪や強姦罪,特に強盗罪は,法律家がよく勉強する範囲であるから,無意識的に,暴行は手段として用いられなければならないという意識が生まれてしまったのではないだろうか。ところが,先に述べたとおり,強制わいせつ罪では,暴行自体がわいせつ行為という結果に該当することがあり得るのである。暴行又は脅迫を用いてという条文の文言を手段としてしか考えないという立場は,強姦罪や強盗罪と強制わいせつ罪の違いを無視して,条文を解釈している,ということになるのではないだろうか。

 

そんなこんなで,結局は判例の立場でいいのでは,と思う。不意にキスをしたら,手段としての暴行を用いていなくても,強制わいせつが成立する,と。

なんか刑事系の記事で,わいせつ系の記事を3つくらい書いていることになってしまっている。よくない傾向だ。今度は放火罪でも書こうか。