へーつぁんの自由研究日記

うだつのあがらない法曹の日常

建造物等以外放火における客体の限定の要否

マイナー論点として,刑法110条の客体を限定して,点火材料として用いられるような紙片などを除くべきか,というものがある。

 

110条の客体を限定すべきとする説は,それ自体を焼損することに意味のあるような物に限定すべきだ,などと主張する。これに対しては,焼損することに意味があるかないかの区別は不明確であり,法文上も,「前二条に規定する物以外の物」と,特段の限定を付されてないとして,110条の客体を限定すべきではないという立場もある。

 

一見すると,非限定説の方が妥当なように思われ,なぜ限定説が敢えて対象を限定しようとしているのか,やや分かりにくい。

 

そこで,次のような設例を考えてみよう。

 

甲は,一人で,自宅で酒を飲みながら,友達が家に残していったタバコを勝手に吸っていた。ところが,甲は,酒が回り,タバコの火を消さないまま眠ってしまった。しばらくして,甲は,息苦しくて目が覚めた。甲が目覚めると,吸っていたタバコが床に落ちており,そこから火が上がっていた。甲は,懸命に消火活動をしたが,火の勢いは収まらず,自宅1棟の一部を焼損させてしまった。甲の自宅の隣には木造住宅があり,一歩間違えれば,隣家も焼損してしまうところであった。甲の罪責は。

 

110条の客体を限定しないとする説を前提に,上記の問題を考えみると,おかしなことが起きる(なお,公共の危険の認識については,判例に従い,不要説を前提とする。)。すなわち,まず,甲は,友達がおいていったタバコに火をつけているから,「前二条に規定する物以外の物を焼損」している。そして,甲はその後眠ってしまい,自宅を一部焼損させ,「よって,公共の危険を生じさせ」ている(相当因果関係についても,肯定することができるであろう。)。したがって,甲には,110条1項の建造物等以外放火罪が成立し,甲は,1年以上10年以下の懲役に処せられることになる。

 

さて,上記設例を見たとき,誰もが,「失火罪でしょ」と思うのではないだろうか(ちなみに,失火罪は50万円以下の罰金である。)。上記設例を,建造物等以外放火として処理することは,おかしくないだろうか。

 

だから,上記の論点が出てくるわけである。タバコを吸うために火をつけることによって,普通は公共の危険なんて発生しない。それにもかかわらず,結果として公共の危険が発生したとして,「放火罪」として扱うのは,おかしい。同様に,マッチとか,紙くずとか,薪とか,点火の媒介物やそれ自体を燃やすことに意味がないものは除こうとかいう議論が出てくるわけである。

 

結局,上記設例では,失火罪を問題とするのが自然であり,本条の客体にはおのずから一定の限界があると解するのが相当であろう。地裁レベルではあるが,110条の客体は「それ自体を焼損することに意味のある物をいい,マッチ棒やごく少量の紙片の如く,他の物体に対する点火の媒介物として用いられていて,それ自体を焼損することによっては,一般的定型的に公共の危険の発生が予想されないような物は含まないものと解するのが相当」だとしたものもある(東京地裁昭和40年8月31日判決)。

 

こんな感じで,論点が生じる場合には,必ず前提となる問題意識があるはずなので,論点に対する学説の対立を理解するに当たっては,どういう事例が想定されているのかを合わせて理解するのが良い。