へーつぁんの自由研究日記

うだつのあがらない法曹の日常

居酒屋にお客が置き忘れた財布を取った場合、窃盗罪?占有離脱物横領罪?

【事例】
Aらは,深夜,個人Cが経営する小さな居酒屋でお酒を飲んでいた。Aらの隣には,Bらがおり,Bらが先に席を立った。ところが,Bは,自分の席に財布を忘れたまま帰ってしまった。Aらは,そのことに気づき,Bらが返ってこないかを観察し,Bらが返ってから5分後,財布をAのカバンに入れ,その後,店を出て財布の中身を山分けした。Aの罪責は。

【検討】
ここでの問題は、要するに,窃盗罪か占有離脱物横領罪かのどちらが成立するか,であるBが忘れてしまった財布につき、「占有」が認められれば、占有侵害があったとして窃盗罪(懲役刑は10年以下)になり、Bの占有が失われていれば、占有離脱物横領(懲役刑は1年以下)となる。

そこで、「占有」とは、どのようにして判断されるのであろうか。この点については、一般的な解釈は確立している。すなわち,刑法上の占有は,財物を事実上支配する状態をいい,その存否は,占有の意思とその客観化としての支配の事実を表す諸事情を総合して社会通念により決せられるが,それは財物に対する現実的な実力行使の可能性と排他性の有無という観点からなされることになるとされる(大コンメンタール刑法第12巻192頁参照)。

この観点から考えれば、まず、Bは、人が出入りすることができる居酒屋の店内に財布を置き忘れ、すでに5分間もたってしまっているので、流石に置き忘れた財布について事実上の支配があるというのは無理があるだろう。

であれば、占有離脱物横領になるのであろうか。ところがどっこい、物事はそんなに簡単ではない。ここで検討したいのは、店主であるCの占有が認められるか否かである。例えば、自分の家の中にあるものについては、たとえその存在を認識していなかったとしても、占有が認められると考えられている。これは、友達が家に忘れていった物を、泥棒が奪っていった場合に、占有離脱物横領罪になるという人はいないであろうことからも推察される(どう考えても窃盗罪である。)。

そうした観点から、次の裁判例を見てみよう。旅館のトイレに忘れてあった財布につき,旅館の占有が認められるとした裁判例(大審院大正8年4月4日判決)である。

同裁判例の事例は、被告人は,旅館森田において,宿泊していた小林さんが屋内の便所に置き忘れた財布を領得した、というものであった。大審院はこの事例について、要するに、被告人の領得した財布は,所有者小林さんの事実上の支配を離脱したものであるが,小林さんが宿泊していた旅館の主の森田さんの事実上の支配がある旅館内の便所にあったものであり,この事実をもってすれば,森田さんが小林さんが財布を置き忘れたという事実を知っていたか否かにかかわらず,当然,その財布は,森田さんの支配内に属するものというべきである。従って,遺失物横領として論じるのは間違っている、としたのである。

この裁判例は、家に誰かが置き忘れた場合と同様に、旅館においても、その管理者の占有を認めたのである。

他方,誰かが管理する場所に誰かが物を置き忘れたからといって、当然にそのものについて占有があるわけではない。例えば、村役場事務室内に納税者が遺失した金員につき,役場の看守者である村長の占有を否定した事例(大審院大正10年6月18日判決)や,鉄道列車内に乗客が忘れていった毛布に対する常務鉄道係員の占有を否定した事例(大審院大正15年11月2日判決)がある。

これらの事例における結論の違いはなんであろうか。おそらく、占有の意思とその支配関係の強さが違うものと考えられる。役場や電車の中は人の出入りが激しく、利用者が落としていった物について、いちいち管理していられない(もし誰かに拾われたら、管理体制が悪いとか文句を言われかねない!)。他方、旅館の事例では、その旅館の規模は明らかではないが、おそらく、小規模な旅館だったのではなかろうか。そうすると、あたかも自宅に誰かが物を忘れていった場合のように、占有を取得する意思や、支配関係があったとしてもおかしくはない。他方、旅館の規模が大きかったりした場合には、同じように語ることはできないであろう。

結局、占有の定義に即して、丁寧に考えていく他ない、ということだ。当たり前のことだが。

こうした観点から設例を検討すると、居酒屋という場所では、たとえそれが小さいものであったとしても、お客さんが座る空間にある忘れ物についてまで管理しようという意思はないのが通常であろうし、支配関係も弱いものということになろう。

いずれにせよ、設例の事案においては、Cの占有はないと考えるのが通常であり、Aらの罪責は、占有離脱物横領罪ということになる。

・・・別に取り立てて難しい問題じゃなかったかな?まぁ、いいか。