へーつぁんの自由研究日記

うだつのあがらない法曹の日常

民法651条1項による解除

民法651条1項は、委任契約の任意解除を定める。委任契約は信頼関係に基づくもので、委任関係にありたくないと思ったのであれば、損害賠償義務の問題はおいておいて、契約を解除して契約の拘束力から解放される自由を認めましょうという制度である。

 

ところが、この任意解除権には判例法理上、一定の制限がされている(その理解には議論があるところだが。)。

 

まず、大審院大正9年9月24日判決は、民法651条は、受任者が委任者の利益の為にのみ事務を処理する場合には適用があるものであり、その事務の処理が委任者のためのみならず、受任者の利益をも目的とする時は委任者は同条により委任を解除することがはできないものと解するのが相当であるとしている。その理由は、いつでも委任契約を解除できるとすると、受任者の利益が著しく害される結果になるからである、とのこと。
この判例では、被上告人は、自らの債務者に対する貸金の取り立てを上告人に委任し、その取立高の1割を報酬として、その報酬金をもって被上告人の上告人に対する債権に対する弁済に充当すべき旨の特約をつけており、この特約が有効である間は、債務の弁済期間は猶予されていたという事案であり、このことをもって、債権の取り立て委任契約は、受任者である上告人の利益をも目的とするものであって、解除権は制限されるとした。
この事案では、上告人は委任契約の存在によって自らの債務について期限の利益を受けられる関係にあったことから、受任者の利益のためにもなされたと認定されたのであろう。

 

もっとも、単純な報酬支払い合意は、上記の判例にいうところの「受任者の利益」には該当しないとされる(最判昭和43年9月3日、最判昭和58年9月20日)。新注釈民法によれば、受任者の利益とは、「委任事務処理と直接関係のある利益」をいうとのこと。裁判例で認められたものとしては、委任者が、受任者に対して、受任者の委任者に対する債務弁済の方法として、委任者の債権の取り立てを委任した場合(大審院大正4年5月12日)、委任者の土地の売却を委任した場合(東京高裁昭和31年9月12日)、委任者が経営する会社の経営を受任者に委任した場合(最判昭和43年9月20日)などがある。要するに、「報酬の支払以外の利益で、契約が自由に解除された場合に害される受任者の利益が存在するか(+その利益の保証が契約の内容となっているか)」と言う点が判断基準になるのではないかと思われる。

 

他方、さらにややこしいのが、最判昭和56年1月19日は、受任者の利益の為にも締結された委任契約において委任者が解除権自体を放棄したものとは解されない事情がある場合には、民法651条1項の解除はなお可能であるとした。しかし、「解除権自体を放棄したものとは解されない事情」とはいったいどういったものを指すのだろうか。逆に、651条1項は任意解除を認めているので、この解除権を委任者がわざわざ放棄するとは考え難い気もする。実際の事案ではどういった事実関係を認定すれば良いのだろうか。

 

この点、学説では、「委任事務の処理が委任者の利益であると同時に受任者の利益でもある場合には、委任者が任意に行使できる解除権を放棄する特約があると推定すべきである」としている。そうすると、まぁ、この推定を打ち破るような事情があるか、ということが問題になる、ということにはなりそうである。

 

なんとなく、基本的には契約を解除することは制限するべきではなく、受任者の利益は損害賠償によって填補されるべきである。しかし、損害賠償によって填補されないような特別な利益があれば、解除権の行使は予定されていなかったとして、解除権を制限する、そんな基本的な価値観を持っておけば良いのではないか、と感じる。