へーつぁんの自由研究日記

うだつのあがらない法曹の日常

入れ墨をするのに医師免許を求めることの合憲性(タトゥー訴訟)

小山剛慶応大学教授の憲法に関する記事(判例時報2360号)を読んでの感想

 

入れ墨を彫るには医師免許が必要であり,医師免許なくして入れ墨を入れた場合,医師法17条に違反する。大阪地裁平成29年9月27日判決は,この結論を認め,被告人を罰金15万円に処したようである。

 

そりゃあ,入れ墨を入れる行為は身体に侵襲をもたらすもので,適当な知識がなければ公衆衛生上問題を生じさせることになるから,入れ墨について全く規制をしないという結論は取りえない。医学的な知識を求めることには,十分な理由があるといえるだろう。ただ,そこで求める資格を「医師」にしてよいのであろうか。

 

医師の資格を取るためには,通常,医学部を卒業し,医師試験に合格することになるが,その過程で得る知識は,多岐にわたる(内科,外科,小児科,産婦人科,精神科等に関連した多岐にわたる知識)。彫り師をするに当たって必要な知識は,そのごく一部に限られるのではなかろうか。

 

例えば,法的な問題については,司法試験があり,それを通って弁護士になった者が扱うのが望ましいであろうが,日本には,法的な問題に関連して,行政書士,司法書士,弁理士等多様な資格が用意されており,それぞれの専門性を発揮しているところである。法的な問題を扱うからといって,弁護士資格を全員取りなさい,ということにはならないであろう。分野を区切って,その分野に合った資格を作ることは,可能であるし,望ましいのではないだろうか。

 

こうした観点から見ると,入れ墨の彫り師について,医師資格を要求するのは,いかにも過大な要求に思えて仕方がない。私は別に入れ墨を入れたいとは思わないが,入れ墨は,歴史のある一つの文化であり,入れ墨を入れることが公衆衛生上問題あるのであれば,彫り師という資格を作って適切に管理していけばよいはずだ。それをしないまま,医師法に反するとして処罰をすることには,どこか違和感を覚える。

 

これを憲法訴訟の観点から見ると,入れ墨についての規制は,いわゆる消極目的規制であるから,厳格な合理性の基準が妥当する。そして,入れ墨を入れる行為につき医師資格を要求することには,合理的な関連性があるといえるものの,より制限的でない規制方法は十分に存在するといえるのではなかろうか。

 

そうすると,基本的には,彫り師を医師法17条違反として処罰することは,憲法に反するおそれが高いといってよいのではなかろうか。憲法違反という結論になる事例は,そうないが,この事例はその疑いが高いように思われる。

 

もっとも,担当裁判官の立場に立ってみたら,結構困るかもしれない。上記の理屈で,医師法17条が憲法に違反しているという結論を導くのは,めちゃくちゃ厳しいように思える一方で,被告人が医師法17条に違反していることは明らかである。無罪の判決を出すには,医師法17条自体は合憲だが,適用違憲ということになるのだろうが,結構勇気のいる判決かもしれない。

 

いろいろな立場と考えが複雑に絡み合う論点の一つだ。

 

(2018年11月15日追記)

先日、この一審判決を破棄する大阪高裁(西田裁判長)が出された。原文には当たっていないので詳細はわからないが、入れ墨を入れる行為は「医療行為」に該当しない、医師法違反で処罰した場合、職業選択の自由との関係で疑義が生じる、との判断が出されたらしい。

 

上記の簡単な内容からしても、担当裁判官がさまざまな利益を衡量して結論を導いたことが分かる。

単純に医師法違反で処罰することは憲法に反すると即断するのではなく、入れ墨の社会的・文化的背景、施術に必要とされる知識、危険性の程度を考慮し、入れ墨の問題を「医療行為」という法令の文言解釈の問題に落とし込み、入れ墨は医師法の規制の範囲外だとしている。その判断は、一部の人からみれば、「医師法違反で処罰することが憲法に反するかという憲法問題を回避している弱虫判決だ。」というように映るかもしれない。しかし、憲法は抽象性の高い法規範であり、得てして単なる価値観の対立の問題になりかねない。上記の私の記事でも触れたが、仮に入れ墨を入れる行為が医療行為に該当するとすれば、それを処罰することが憲法違反と説得力を持って述べるのは、かなりハードルが高い(と私は思う。)。今回の判決は、医師法違反で処罰するのは、バランス感覚としておかしい、という感覚のもと、その理由を、「憲法に違反している」というある意味「単純」な理由とするのではなく、「医療行為」の解釈というより具体的な法解釈で解決するという活路を見出しており、その手法には、同じ法曹としては、脱帽である。さすが西田裁判長と言わざるを得ない。

もちろん、検察官が控訴するかもしれないし、最高裁で破棄されるかもしれない(立川反戦ビラ訴訟が頭をよぎる。)。しかし、具体的事実関係に基づき、法的解釈をして妥当な結論を導こうとした今回の大阪高裁の判断は、法曹として学ぶべき点が多いように思われる。

単純に憲法違反だと強く述べるだけで、その根拠が薄弱な主張とか、形式的に法律に違反しているから処罰するのは当然だという主張とは、明らかに格が違う。自分がそのような主張をしていないか、反省を迫られる素晴らしい判決だと感じた。

 

(2020年9月18日追記)

上記高裁判決が最高裁でも支持され確定した。