へーつぁんの自由研究日記

うだつのあがらない法曹の日常

令和2年予備試験論文民事訴訟法をざっくり検討してみました

 

突然だが,予備試験ってどんなものなんだろう?と思ったので,予備試験の解説を勝手にやってみることにした。今回は,令和2年予備試験の民事訴訟法を検討していく。執筆時点では出題の趣旨がまだ出されていないので,以下の記載は私見に基づき勝手な意見を述べるものであるので,注意願いたい。出題趣旨や採点実感が公開された後は,そちらを参考にした方が良いかもしれない。

 

1 雑感

 

令和2年予備試験の民事訴訟法は,債務不存在確認訴訟,一部請求訴訟における既判力の範囲を問う問題(第1問)と,その後に後遺症があることが判明した場合の処理を問う問題(第2問)である。試験問題の内容は,法務省のHPを参照してほしい。

リンク:http://www.moj.go.jp/content/001330820.pdf

 

雑感としては,予備試験は,問題文こそ短いものの,法律問題の本質を理解した上での応用力が求められる試験であり,非常に難しい試験だと感じた。新司法試験との違いは,試験問題のボリュームくらいであり,問われる法的思考力の程度には,ほぼ遜色ないのではと思う。予備試験合格者の新司法試験合格率が高いのもうなずける。私自身,ロースクールを卒業したが,正直,この試験に合格できる同級生は,かなり限られていたのでは,と感じた。怖い怖い。

 

2 設問1についての検討

 ⑴ 債務不存在確認訴訟とは

 債務不存在確認訴訟は,債務者が,債権者に対して,自己が債務を負っていないことを確認することを求める訴訟である。今回の事例のように,交通事故があった際に,自分には過失がないと主張する側が,自己が相手方に債務を負っていないことを確認することを求める,というのは,典型的な例の一つである。他にも,貸金債権の存否に争いがある場合に,債務者側が債権者側に対して,貸金債権は存在しないことの確認を求めて訴訟を提起する,という例もある。

 

 ⑵ 確認の利益と設問1の問題点

 債務不存在確認訴訟では,まず,確認訴訟である以上,いわゆる確認の利益があるかという点を検討する必要がある。いわゆる対象選択の適否(過去や将来の権利義務関係の確認,単なる事実関係の確認を排斥),方法選択の適否(給付訴訟が提起できる場合の確認訴訟の排斥),即時確定の利益(権利関係を即時に確定する実益の存在),というヤツである。

 設問1との関係では,Yから反訴を提起されたことによって,債務不存在確認訴訟の確認の利益が失われるのではないかという疑問にどう応えるかという点はおそらく検討することが求められる項目であろう。(ちなみに,Yが本件事故により頭痛の症状が生じ,現在も治療中であると主張して争っている点から,即時確定の利益が否定されないか,ということも,若干気になったけど,たぶん述べる必要はないであろう。。)

 

 ⑶ Yが反訴した点

 Yが給付訴訟を反訴提起している点から思い浮かべなければならないのは,最判平成16年3月25日であろう。すなわち,同判決は,生命保険会社が,ある会社の代表取締役が死亡したのは,生命保険金を取得する目的で自殺したものであるとして,保険金の受取人に対して債務不存在確認訴訟を提起したのに対して,保険金の受取人が,反訴として,生命保険金の支払請求訴訟を提起したという事案である。最高裁は,「…保険金支払債務の不存在確認請求に係る訴えについては,…保険金等の支払を求める反訴が提起されている以上,もはや確認の利益を認めることはできないから,…不適法として却下を免れないというべきである。」とした。同一の訴訟物に対して確認訴訟と給付訴訟が並列している場合に,確認訴訟を維持する意味はない(給付訴訟の判断をすることこそが,紛争の抜本的解決につながる。),というわけである。そうすると,本件でも,反訴として給付訴訟が提起されている以上,本訴については確認の利益がなく,訴え却下になるのではないか,とも思われる。

 しかし,物事はそう単純ではない。ポイントは,反訴は一部請求である,という点である。先ほどの最高裁判例は,本訴たる確認訴訟と,反訴たる給付訴訟の訴訟物が同一である事例において,確認訴訟と給付訴訟を並列させる意味がないから,訴えの利益がないと判断したものと理解できる。他方,本件は,本訴が本件事故に基づく債務が全部存在しないとして確認訴訟を提起しているのに対し,反訴は,本件事故に基づく損害賠償債権のうち,一部のみを請求する,としているわけである。この場合,本訴と反訴の訴訟物は,完全に同一であるということができるであろうか。ここでの前提となる知識が,債務不存在確認訴訟における訴訟物に関する理解と,一部訴訟における訴訟物に関する理解である。

 まず,債務不存在確認訴訟における訴訟物であるが,これは,確認の対象となる権利義務となる。債務不存在確認訴訟では,債務者側が原告になるが,審理の対象となるのは,債権者が給付訴訟を提起した場合のそれと同一である。本件でXは,「XのYに対する本件事故による損害賠償債務が存在しないことの確認」を求めているため,訴訟物は,「YのXに対する本件事故による不法行為による損害賠償請求権」ということになる。

 次に,反訴請求を見てみよう。Yは,本件事故による損害賠償請求の一部請求として,「500万円及びこれに対する本件事故日以降の遅延損害金の支払」を請求しているのであるから,いわゆる明示的一部請求訴訟である。この場合の訴訟物については議論があるところであるが,判例の立場によれば,1個の債権の数量的な一部である旨明示されている場合,訴訟物は明示された一部のみであるとされる(最判昭和34年2月20日参照)。したがって,反訴請求の訴訟物は,「本件事故による損害賠償請求権のうち,500万円の範囲のみ」ということになる。

 そうすると,本件において,本訴と反訴では,訴訟物は500万円の限度では重なり合っているが,それ以上の部分については重なりはないことになる(本訴は全部請求であり,反訴は一部請求である。)。そうすると,上記最判平成16年3月25日があるからといっておいそれと直ちに却下することはできない,ということになろう(少なくとも,反訴で訴訟物となっていない部分については,確認訴訟と給付訴訟は並列していないので,訴えの利益がなくなる根拠がないわけである。)。

 

 ⑷ 本問の処理

 以上の理解を前提として,本件でどのような判決をするべきであろうか。まぁ,いろいろな考え方があるとは思うが,個人的にはシンプルに考えればよいのではないかと思う。すなわち,Yが反訴を提起した500万円部分については,同一の訴訟物について確認訴訟と給付訴訟が提起されているので,Xによる債務不存在確認訴訟の確認の利益が事後的に消滅することになり,訴えは却下されるべきということになる。他方,500万円を超える部分については,債務の不存在が確認されているので,この部分は,Xの請求を認容することになろう。反訴請求は理由がないので棄却することは明らかである。

 そうすると,本件における主文は,

 1 本件本訴中,XがYに対して本件事故に係る不法行為に基づく損害賠償債務が存在しないことを求める部分のうち,500万円以下の部分について訴えを却下する。

 2 本件本訴中,XがYに対して本件事故に係る不法行為に基づく損害賠償債務が,500万円を超えて存在しないことを確認する。

 3 本件反訴請求を棄却する。

という感じになるのではないかと思う(主文の書き方は知らないので,雰囲気だけね。)。

 

 ⑸ 本訴についての判決の既判力

 設問1では,本訴についての判決の既判力についても問われている。上記主文に従えば,Y→Xの不法行為による損害賠償請求権のうち,500万円以下の部分の確認を求めることについて確認の利益がないことについて既判力が生じることになる(なお,訴訟要件の存否をめぐる争いを封じる必要性はがあることから,訴訟判決についても既判力が生じると考えるべきであろう。)。また,XがYに対して,本件事故による不法行為による損害賠償債務が,500万円を超えて存在しないことについても既判力が生じていることになる。

 

 ⑹ 蛇足

 なお,中には,設問2の内容を先回りして,設問1で,既判力の範囲は頭痛に関する治療費用の支出と通院に伴う慰謝料だけであることを明示するべきだ,と主張する人がいるかもしれないが,そんな複雑なことをここでする必要はないだろう。設問2の聞き方も,Yの立場から述べるように求めているので,別に設問1と設問2の立場が矛盾してもよいことを前提としているので,設問2を慮って設問1で自爆するのはやめたほうが良い。答案が複雑になるだけであるし,実務でも後訴もないのに不法行為でいちいち損害項目ごとに訴訟物を特定するなんてやってない。それに,主文書けなくない?という気もする(「本訴請求中,XのYに対する本件事故による不法行為による損害賠償債務について頭痛基づく治療費用の支出及び通院に伴う慰謝料部分を求める訴えのうち,500万円以下の部分についての訴えを却下する。」とかいう主文はナンセンスだと思うが。別に止めはしないけど。)。

 

3 設問2についての検討

 ⑴ 前提知識

 民事訴訟では,事実審の口頭弁論終結日を基準日として既判力が生じる。不法行為による損害賠償請求訴訟では,たとえ事実審の口頭弁論終結日以降に新たに損害があることが分かったとしても,それはあくまで事実審の口頭弁論終結日よりも前の事情に起因して発生した損害であるにすぎず,当然に後訴で主張できるわけではない(交通事故があった場合に,まずは物損で争い,それで負けたら,治療費で争い,それで負けたら休業損害で争い,それで負けたら,後遺症による逸失利益で争う・・・なんてことをされたらたまらない。なお,民事訴訟法338条1項5号や民事執行法35条2項も参照。)。まずは,こうした基本的な理解を正確に捉えておくことが重要であろう。

 

 ⑵ 設問2の問題点

 それで,設問1の処理を前提とすると,Y→Xの不法行為による損害賠償請求権は,結局,本訴により500万円を超える部分の不存在が,反訴により500万円以下の部分の不存在が,いずれも確定されたことになる。そうすると,上記前提知識⑴の内容を踏まえると,Yが本件事故に基づいて不法行為による損害賠償請求を求めようとしても,その請求は既判力によって遮断されてしまう。したがって,Yの請求は認められない,とするのがシンプルな考え方の筋道である。

 ところが,設問2では,そうではなく,「前訴判決を前提とした上で,後訴においてYの残部請求が認められるためにどのような根拠付けが可能かについて,判例の立場に言及しつつ,前訴におけるX及びYの各請求の内容に留意して,Y側の立場から論じなさい。」としており,要するに上記のシンプルな考え方の筋道を否定しなさい,ということを求めている,ということになる。つまり,「前訴における既判力が及び,後訴の主張は既判力によって遮断される」という主張を否定する立論をせよ,と言われているわけである。そして,そのヒントとして,問題文は,「判例の立場に言及しつつ,前訴におけるX及びYの各請求の内容に留意せよ」と教えてくれている。したがって,これに基づいて回答していけばよい,ということが分かるであろう。

 

 ⑶ 判例の立場

 そこで,まず判例の立場について触れよう。本件では,Yは,前訴において,本件事故によりYに頭痛の症状が生じているとして,損害賠償を求めていた。他方,後訴では,「前訴判決後,Yは,当初訴えていた頭痛だけでなく,手足に強いしびれが生じるようになり,介護が必要な状態となった。そこで,Yは,前訴判決後に生じた各症状は本件事故に基づくものであり,後遺症も発生したと主張して」Xに対して損害賠償を求めているわけである。このような前訴の口頭弁論終結後に新たに損害の発生が分かった場合の処理に関する判例の処理を理解していますか,ということが問われている。この論点に関する最高裁判決は,最判昭和42年7月18日であろう。この事案を簡単に紹介しよう。事案は,Xが,Yが保管していた硫酸を足にあび,やけどを負ったことから始まる。Xは,Yに対して,治療費20万円,逸失利益50万円,慰謝料30万円を請求したが,認容されたのは慰謝料30万円のみであった。その後,Xは,上記事故に起因して再度手術を実施し,それに30万円のひようが掛かったとして,再度,Yに対して損賠償請求訴訟を提起した,というものである。本最高裁判決で直接の争点になったのは,後訴が消滅時効にかかっているのではないかという点であったが,第1審と第2審では,後訴が前訴の既判力に抵触しているのではないかという点が争われていたところ,高裁は,前訴の既判力は請求があった特定の損害についてのみ及び,それ以外の損害についてまで既判力を及ぼすものではない,とした。最高裁もこの判断を前提にして消滅時効に関する判断をしているので,この判断は前提になっていると考えられるだろう。まぁ,要するに,不法行為による損害賠償請求では,特定の損害を主張した場合には,それが一部請求であると明示されたものとして扱い,残部には既判力が及ばない,としたというわけである。つまり,判例の立場は,前訴を明示的一部訴訟とし,後訴には既判力が及ばないという処理をしていると理解できる。

 

 ⑷ 本問の処理?

 この判例の立場を知っていれば,「やった,一部請求後の残部請求の問題だ。既判力の範囲が及ばないことと,後訴が信義則に反しないことを論証すればよい。本件では前訴は頭痛で,後訴は後遺症だから別の訴訟物となるから,前訴の既判力は及んでないし,後遺症は口頭弁論終結後の事情だから,前訴で主張する期待可能性に乏しく,信義則違反にもならない。よし,これで合格点だ。」…って思う人,多いと思う。たぶん,それでも合格レベルなのかもしれないが,それはまた本問の特殊性を見落としている。Yの反訴の既判力の問題だけを考えればよいのであれば,上記の回答でよいのだが,本問では,Xが債務不存在確認訴訟を本訴として提起しており,本訴の既判力も問題になっているのであり,この点を忘れてはならない。仮にYが請求したかったのが頭痛に基づく治療費等であったとしても,Xは,積極的に全部の不存在を求めているわけで,そうすると,Xによる債務不存在確認訴訟によって,Yの請求権は,その他の損害を含めて全てが審理の対象となっており,それらすべてが不存在であることが確定されている,と考えるのが素直であろう。そうすると,上記の最高裁を直ちに当てはめる回答は,正しくないということになる。つまり,最高裁によって本問は直接解決することができないのである。本問は,Xによる本訴がある以上,一部請求後の残部請求で処理することはできないのではないか,という悩みを見せなければならない。ここまでできて上位答案かな,と思う。

 

 ⑸ もう一歩前へ

 上記の悩みをどうするかについては,おそらく3つのアプローチがあるであろう。1つは,頑張って前訴の既判力の範囲を絞るアプローチ(Xとしても,治療費等の損害のみを対象にしていた),1つは,後遺症の発生は既判力の基準時後の事情であるとするアプローチ,もう一つは,既判力の遮断効が及ばないとするアプローチである。ただ,前者2つについては,論証が難しい気がする。本問では,むしろ,既判力の時的限界のアプローチによる方が,既判力に関する一貫した理解を示せると思われる。つまり,解答としては「判例はこの問題を一部請求後の残部請求と捉えるが,本問ではXによる本訴が存在する関係上,一部請求とみなすのは無理があり,その射程が及ばない。しかし~」という構成の方が,正しいと思われる。

 で,ここではYの立場から論じればよいのだから,少々無理な主張をしてもかまわないじゃないかということで,既判力の時的限界の趣旨から考えてみると,既判力の遮断効があるのは,事実審の口頭弁論終結時までに発生していた事実については,当事者に主張の機会があったという意味で,手続保障があるからである。そうすると,基準時前の事実であっても,当事者にとっておよそ主張できる期待可能性がない場合には,遮断効を及ぼさないという考え方はあり得るであろう。したがって,Yとしては,後訴の根拠となる損害が,前訴の口頭弁論終結後に生じたものであり主張する期待可能性がなく,かつ,その程度も前訴における頭痛とは大きく性質の異なる深刻な損害であるから主張を許す許容性があるとして,既判力の遮断効が及ばない,という主張をすることが考えられる,というのが一つの解答ではないかな,と思う。

 

4 おわりに

 これを1時間ちょっとで解答しろっていうのは,めちゃくちゃ厳しい。でも,判例の内容を把握するだけでなく,その根拠まで把握できていることを前提に,判例の内容との違いをどう処理するかを悩ませる問題で,法的思考力を問う良問だ。予備試験は難しいことを痛感し,新司法試験でよかったと謎に安堵しましたとさ。