債権法改正~約款について
【はじめに】
債権法改正には、大きく分けて3つのカテゴリーがある。すなわち、
- 判例法理の明確化
- 通説的な理解の明確化
- 実質的なルール変更
である。これらのうち、前二者については、これまで民法を勉強したことがある人であれば、過去の遺産である知識を利用することで、何とか対応が可能である。
他方、最後の「実質的なルール変更」については、きちんと債権法改正をチェックしなければならない。こういうところが当たり前にできることが、最低限の専門家としてのマナーだよな、とか思う。
実質的なルール変更には、大きく分けて、次の5つのテーマがある。
- 消滅時効
- 法定利率
- 債権譲渡
- 保証人制度
- 約款
そういうことで、今回は、約款について学んでいきたいと思う。
【約款に関する規定の新設の必要性】
約款とは、一般に、大量の同種取引を迅速・効率的に行うために作成された定型的な内容の取引条項である。鉄道やバスの運送約款、電気やガスの供給約款、保険約款、インターネットサイトの利用約款等、社会には様々な約款が用いられている。
ところが、約款をきちんと隅々まで読んで電車に乗るような人はほとんどいないのが実際である。これは、民法が当初予定していた、「当事者は契約内容についてはきちんと認識した上で、その法律効果を享受する旨の意思表示をする」という類型からは、異なった実態となっている。そうすると、当事者は、約款なんて読まないわけだから、認識していないものについては承諾の意思がなく、約款に拘束されない、とできるのであろうか。もちろん、こういった主張を認めてしまっては、社会において約款が果たしている役割を無視するもので、かえって取引社会の安定性を害する。では、いったいどのような場合に、当事者(つまり消費者)は、約款の内容に拘束されるのであろうか。
実は、約款は、社会で重要な役割を果たしている一方で、旧法下においては、明文の規定が存在していなかっただけでなく、その解釈についても様々な争いがあった。そこで、今回の債権法改正で、約款に関するルールが定められた、というわけである。
【約款の定義】
約款について、改正民法では、定型定款という言葉が用いられており、それによれば、定型定款とは、
定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方とする取引であり、その内容の全部⼜は⼀部が画⼀的であることがその双⽅にとって合理的なもの)において、契約の内容とすることを⽬的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう、とされている(民法548条の2第1項)。なお、注意がひつようなのは、「取引内容を画一化することが双方にとって合理的」であることが必要なのであって、約款の内容が恐ろしく不合理であっても、定型約款に当たり得る。約款の内容についての規制は、後に述べる不当条項の排除による。
定型約款の典型例は、既に述べた通り、運送約款や保険約款である。他方、定型約款に該当しない例としては、労働契約が挙げられる。労働契約は、不特定多数の人と画一的な契約を結ぶものではなく、労働者の個性によって条件が変動することとなろうし、また、労働者にとっても、労働契約を画一化することに合理性はないからである。
【定款の内容が契約内容になる条件】
次に、定款の内容が契約内容になる条件についてみていこう。定型約款の定義に該当すれば、当然にその内容に拘束されるわけではなく、民法は、一定の要件を課している。それによれば、
- 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき、又は、
- 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相⼿⽅に表⽰していたとき。
に、定型約款の内容が契約の内容になるとされる。このうち、前者については、旧法下においても黙示の合意という手法を用いて契約内容とされることがあった(例えば、運送約款の場合であれば、まぁ、小難しいことは分からないけど、運送約款に従って契約が締結されるんだろうし、その内容に拘束されても仕方ないよな、と思いながら契約している人が大半ではなかろうか。)。
他方、後者は重要な改正であって、約款によることについて明示又は黙示の合意がなかったとしても、あらかじめ定型約款を契約の内容とする旨を相手方に示していれば、約款の内容が契約に組み込まれることになる。この「あらかじめ表示」というのは、明示又は黙示の合意に代わるものであるので、約款の内容を一般的に「公表」するだけでは足りないとされる。つまり、契約に際して、「弊社の約款を内容としますよ」ということ個別に示す必要がある、ということである(なお、鉄道やバスについては特別法があり、「公表」で足りるとされている。いちいち個別に約款を提示することは事実上不可能である。)。この「公表で足りない」というのは結構曲者で、例えばクロネコヤマトの宅急便も約款による取引がされているが、「約款を契約の内容にします」という旨の記載を、契約締結前に何とかして消費者側に表示をする必要があるわけである(多分元払い伝票のどこかに記載があると思われる。)。
【不当条項の排除】
このようにして約款の内容が契約の内容に組み込まれるとしても、消費者側としては、当然(?)、約款の内容などきちんと読んでいないわけなので、約款の中に不当な条項が含まれていてもそれに拘束される、というのでは、おかしい。そこで、民法は、契約の内容とすることが不適当な契約条項について、次のようなルールを定めている。
- 「前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相⼿⽅の権利を制限し、⼜は相⼿⽅の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第⼀条第⼆項に規定する基本原則に反して相⼿⽅の利益を⼀⽅的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。」(民法548条の2第2項)。
もちろん、信義則違反や権利濫用といった一般法理でも対応は可能なのであるが、民法は、約款に関して、考慮要素等を明示することで、より具体的なルールを提示しているというように理解することができよう。
【定型約款の内容の表⽰】
以上のように、定型約款については、「定型約款の内容を契約の内容とする旨」を相手方に伝えていれば、定型約款の内容が契約の内容になるわけであるから、消費者側としては、約款の記載内容について知りたいと思った場合にはこれにアクセスできることが必要である。そこで、民法548条の3は、消費者側からの求めがある場合には、事業者側はの内容を遅滞なく示さなければならず、これをしなかった場合には、約款の内容は契約の内容にはならない。
【定型約款の変更】
約款が用いられる契約の中には、長期間にわたるものも含まれる。例えば、保険契約とか、身近なものだとクレジットカードに関する契約もそうであろう。こうした長期間にわたる契約については、途中でその約款を変更する必要性が生じる場合がある。例えば、(どことは言わないが)あるクレジットカード会社は、かつて1.75%のポイント還元をしていたが、途中で、事業的に無理が生じたのか、「これからは1.25%」としますとして、消費者の目線からすれば、「勝手に」ポイント還元率を引き下げた。こうした事業者側による一方的な約款の「変更」が認められるか、というのがここでの問題である。もちろん、普通は、契約条件を当事者の一方が勝手に変更することができるはずはない。しかし、そうすると、例えば、上記のクレジットカード会社の事例でいうと、クレジットカード会社は、すべての消費者に対して個別に合意を取らなければ、ポイント還元率を引き下げることができないのか、という問題になってしまうが、これは現実的ではない。定型約款の事後的変更は、一定のルールのもとで認る余地を設けなければ、定型約款自体が使いにくくなってしまい、取引秩序に支障を及ぼしてしまう、というわけである。
そこで、民法548条の4第1項は、次のような場合には、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相⼿⽅と合意をすることなく契約の内容を変更することができるとしている。
- 定型約款の変更が、相⼿⽅の⼀般の利益に適合するとき。
- 定型約款の変更が、契約をした⽬的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
前者は、消費者側にとって利益なのであれば、別に変えても問題ないだろうということである。他方後者は、ケースバイケースの判断、ということである。
今日はこんなところで。